監督:トッド・ヘインズ
やっぱり映画というのは、何の予備知識もなく見るのが一番である。冒頭から、いったい何の映画なんだ?と思わされ、だんだんと話のネタがわかってくる、という映画の「語り」を堪能できる。一切の回想を禁じ、セリフの断片的な情報から少しずつ「過去」の輪郭が浮かび上がっていき、観客は過去を「取材」するナタリー・ポートマンの内的経験を追体験することになる。そしてその追体験さえも一捻りある。
当時何があったかという「ミステリー」よりも、当時の話をどう受け止めるのかという「サスペンス」に演出の力点を置くことで、たったこれだけの「ネタ」で極めてスリリングな空気を醸成するトッド・ヘインズの圧倒的力量には文句のつけようがない。さらに終盤にかけて、次第にジュリアン・ムーアからチャールズ・メルトンの方へとフォーカスがシフトしていく、この絶妙なバランスも見事だ(虫を使ったメタファーが後半で効いてくる)。
一番お気に入りのシーンは、服屋で娘がドレスを試着するシーンだ。これも見てのお楽しみだが、鏡とカーテンを使った素晴らしい(そして笑える)シーンになっている。
海面で日光が乱反射する感じとか、全体的に90年代初期のアメリカ映画っぽい画調で、これもなかなか新鮮だった。喫茶店やレストランでの撮影がいちいち美しい。
クレジットに音楽:ミシェル・ルグランと出てきて驚いたが、ルグランの過去作品をアレンジしたものらしい。Wikipediaによればジョセフ・ロージーの『恋』の音楽が元ネタらしい。なるほど、これもまた「禁断の愛」を描いた傑作であった。
役者も素晴らしい。ナタリー・ポートマンも熟練の腕前だが(学生の質問に答える場面が素晴らしい)、ジュリアン・ムーアが相変わらず良い。この人は「素敵だけど危なっかしい」女性をやらせたらピカイチで、個人的にはアトム・エゴヤンの『クロエ』以来の好演(ちょっと似た役柄だしね)。
ということで、文句のつけようがないのだが、ちょっと隙が無さすぎるというか、内容の下世話さとスタイルの洗練ぶりのギャップがちょっと怖い。カッコつけやがって!とどっかで小突きたくなる映画ではある笑(というこちらの捻くれを見透かしているかのようなふざけたラストショットである!)
Netflix配給だが、この贅沢な撮影は大スクリーンで見られたい。
★★★★★★★★☆☆