こちらに来たのは11月なので2ヶ月限定ということになるが、こちらに書いておく。
Anatomy of a Fall (落下の解剖学)
監督:ジュスティーヌ・トリエ
ザンドラ・ヒュラー
カンヌのパルムドール受賞作。フランスの雪深い山奥で夫が転落死、母親が容疑者として裁判にかけられる法廷もの。Anatomy of a fallというタイトルは、オットー・プレミンジャーの傑作、Anatomy of a murder(或る殺人)を思い出させる。
割と面白いな、と思いながら見てはいたが、とびきり良い部分があるかというと、なんか良くなりそうで突き抜けないという感じ。色々なサイドエピソードを盛り込んで弛緩しないようにしているのだが、チャカチャカしたカメラワークが気になり、イマイチ盛り上がらない。犬の扱い、子供がキーになる展開、喧嘩のシーンでの俳優の熱演、弁護士の不思議な立ち位置、色々フックはするのだが、それぞれのストーリーの提示に重きを置きすぎていて、ビジュアル面でのコンセプトの統一(や逸脱)があまり無い。同じフランス法廷ものでいえば、日本で見た『サン・トメール ある被告』を推したい。
★★★★★★☆☆☆☆
キラーズ・オブ・フラワームーン
監督:マーティン・スコセッシ
スコセッシの映画だな、と思う。
支配者の勝手な都合で人がどんどん殺されていくのを延々と見せ続ける、というのがいかにもスコセッシで、ほぼ『アイリッシュマン』である。そして「延々と見せ続ける」というのは、裏を返せば「サスペンスが撮れない」ということでもあり、それをどう取るかだろう。
『アイリッシュマン』や『グッドフェローズ』のようなギャングものだと、そうしたサスペンスの欠如が気にならないぐらいに楽しめるのだが、本作に関しては何だか芸がないなと思ってしまった。家の爆破場面で『ミュンヘン』を思い出したが、『ミュンヘン』は全ての殺しの場面で、各々のサスペンスを設計していた。
映画の舞台が、FBI創設の時期とかぶっていて、かつてディカプリオが演じたJ・エドガー・フーバーの監督の元、FBI捜査官がやってくるという展開。リリー・グラッドストーンは確かに名演。
★★★★★★☆☆☆☆
The Holdovers ホールドオーバーズ
監督:アレクサンダー・ペイン
"holdover"というのは居残り組という意味で、寮生高校のクリスマス休暇で、実家に帰れない一部の生徒と監督を任された気難しい教師の何日間かを描くというもの。
冒頭から美しい雪景色を見せながら、慎ましい人間ドラマを全く急ぐことなく安定した語り口で綴っていくのだが、脚本が良く出来ている。ジアマッティの斜視が一つフックになっているのだが、終盤の切り返しでまさに視線が問題になる、というようなうまさがある。
それと、独身頑固おじさんの人間ドラマとして、変に恋愛の方に寄せないというのも良い。
観客の評判も非常に良く、後日。この映画について語り合う人々を何度か見かけた。こういうのが見たいんだよ、と思わせてくれる作品なんだと思う。
★★★★★★★☆☆☆
監督:マイケル・マン
『コラテラル』以来の、これぞマイケル・マンというべき傑作だ。
タイトル開けのシーンがとにかく素晴らしく、日本で公開されたら大いに賞賛されるだろうと信じているが、このシーンを見て、「ああ、これは間違いない・・・」と、真冬に花巻温泉につかったときのような喜びを味わった。
ひたすら移動し続けるドライバーと、居座り続けるペネロペ・クルスの対比。ペネロペ・クルス、名演。
終盤のとあるシーンで、観客が思わず"Oh, shit!", "f◯ck!!"と叫んでいた。
★★★★★★★★★☆
Dream Scenario ドリーム・シナリオ
監督:Kristoffer Borgli
ニコラス・ケイジの演技が評判の一作なのだが、いかにもA24らしい映画。
ニコラス・ケイジ演じるしがない中年大学教授が、なぜか世界中の人々の夢に出てくるようになり一躍人気者になるという中々面白い設定。ただ、中盤以降、SNSのバズ、若者世代のヒステリー、広告屋の介入など、どっかで見たことあるような展開をこれ見よがしにやってしまって大失速。社会風刺のつもりなのだろうが、風刺自体がステレオタイプなのが辛い。
ジュリアン・ニコルソンという俳優がニコラス・ケイジの妻役で出ていて、とても良いのだが、なんかすごい損な役回りになっていて、ここらへんの脚本の投げやりさがどうかと思った。
★★★★★☆☆☆☆☆
監督:宮崎駿
積み木がどうとかいうのは本当に心底どうでも良かったが、火を起こし、風を吹かせ、追いかけっこをして、とにかく画面を活性化させることに注力したような作品になっていて、大変良かった。
ベルイマンの『第七の封印』との類似を指摘する鋭い論考を見つけた。
後出しではあるが、サギのあの粗野な感じ、高貴な人々をあげつらう感じが、ベルイマン映画における粗野な人々に似ていると思った(『魔術師』とか)。
★★★★★★★☆☆☆
【追記】
落下の解剖学後、なんだかんだ気になっていたジュスティーヌ・トリエ監督だが、MUBIでレトロスペクティブが組まれていたので、ちょっとずつ見てみた。こうしてみると、過去作品は結構スタイルが確立している感があり、題材も都会のインテリ女性のセクシュアリティにかかわるものが多い。その意味では、『落下の解剖学』はずいぶんこれまでの作風から外れて冒険した映画なのだなと思った。
長編フィクションデビュー作である『Age of Panic』は、オランドがサルコジを破った総選挙の前後のパリのとんでもない人混みをバックに、フランス映画らしい離婚した夫婦の関係のこじれを描いた映画で、最もわかりやすくキャッチーな作品だろう。この作品で顕著なのだが、とにかく男女が延々と言い合っている様を、笑えてくるまでしつこく撮り続けるというのがトリエ監督の一つの持ち味だと思う。その文脈でいうと、『落下の解剖学』では二階からの声が聞こえるかどうかという実験を延々と続けるシーンがあったが、どうも弾けなかった印象。
『Victoria』、『Sybil』の2作品はどちらも似たような映画で、時間軸をいじってイメージと戯れる感じがそのまま『落下の解剖学』につながっているとはいえるが、しかし見た目のスタイルにはかなり断絶を感じる。Age of Panicがある種の飛び道具的面白さで突っ走っているのを考えると、Victoriaがもっとも充実した映画と言えるかもしれない。