製作2023
監督:ヴィム・ヴェンダース
もうすぐアメリカでもPerfect Daysが公開になるヴェンダースだが、Perfect Daysをコンペティション部門に出品した同年に、このドキュメンタリー映画も出品していたようだ。
ヴェンダースはその長いキャリアのなかでもたびたびドキュメンタリーを撮っている人で、東京で小津安二郎の墓を訪ねたり、笠智衆にインタビューしたりする『東京画』とか、最近だとピナ・バウシュ劇団のパフォーマンスを3Dで撮った『ピナ』とか。
今回は戦後の現代アートの重要な人物であり、ヴェンダースとも長年の友人関係だというアンセルム・キーファーについてのドキュメンタリーだ。この人については何も知らなかったが、1945年に生まれたいわゆる戦後世代に属する人で、工場を買い取ってそこで巨大なアートを製作し続け、さらに広大な土地に巨大オブジェを建てたりしているらしい。映画から読み取れるのは、一貫して戦争、ナチス、ホロコーストに拘ってきており、黒、灰色を基調とする極めて陰惨なイメージをとんでもないスケールで提示する作風に驚かされる。製作工程を映したショットも結構出てくるが、藁のようなものが大きなキャンバスに貼り付けられていて、それを火炎放射器で燃やしながら、どんどん灰〜黒色を拡大させていく過程がめちゃめちゃスペクタキュラーだ。こうした物理的に圧倒してくるアートとは別に、70年代に彼がヨーロッパの各地でナチスの敬礼をするというパフォーマンスで物議を醸した事例も取り上げられる。当時のインタビューで、「ナチスの話に人々は蓋をしてしまって、それと対峙しなくなってしまった。教育現場でもちょっとしか触れない」という発言をしていたのがちょっと意外だった。戦争責任の総括という点で、何かと日本の不徹底性に対してドイツの徹底性が取り上げられるように思うのだが、しかし彼の目からすると非常に不十分に映ったということだろうか。
パウル・ツェラーのテキスト、そしてハイデガーの問題などの哲学・文学的な問題も題材とされつつ、彼の作品をベースにヴェンダース自身が豊かな空間表現を試みるカメラワークが大きな見どころだろう。彼の作品群が並ぶ大きな工場を自転車でめぐるショットが良い。
夕暮れ、朝焼けの美しい光と、それが照らすアンセルムの謎めいたオブジェ、そこにかぶさる深遠なオペラ歌曲・・・。こういうのはコンディション次第では全くついていけないこともあるが(アート鑑賞なんてそんなもん)、今回はかなり乗れた。
上映のあとは、ロチェスター周辺の美術史家、アーティスト、キュレーターがパネリストとなってのトークセッションがあったが、開口一番にパネリストの一人が「いや実はキーファーはあまり好きではないというか。過去への執着が強くてバリエーションがなく、ロマン主義色が強すぎてちょっと怖いよね。」と言い始め、なぜかキーファーの限界ばかりが語られることになる異様なトークだったが、終盤に客席からは反撃もあり(実際に彼の作品群を鑑賞したという年老いた女性がいらした。なんと見識のある!)、ちょっと面白かった。終映後に、「まさかいきなり批判し始めるとはね」と苦笑いを浮かべるご婦人たちも。 パネリストの言いたいこともわからんではなく、しかしこの狂気的なまでに同じモチーフで突き進む芸術家の抗い難い魅力というのはやっぱりある。香月泰男のシベリアシリーズなどにも通じるところがあるように思う。
映画自体がとっても面白く、スリリングであることが何よりの収穫だった。
【追記】京都でキーファーの展覧会をやることが決定したとのこと。