監督:ヴィム・ヴェンダース
公開初日にせっせと駆けつけてしまった。
冒頭。落ち葉掃きの音で目が覚め、植物に水をやる霧吹きの音がそれと共鳴し、玄関の鍵と小銭を拾い上げる音が響き、扉を開けると外の音がいっそう聞こえてくる、という一連の流れ(その後何度も繰り返される)における音響が素晴らしい。だんだんと世界が広がっていくような早朝の感じ。
トイレ清掃の仕事をしながら暮らす無口なおじさんの日常を繰り返しながら、断片的なサイドストーリーを順番に綴っていく映画で、柄本時生演じる同僚とその恋人の話、家出してきた中野有紗演じる姪とのエピソードとその顛末で出てくる主人公の姉、石川さゆりと三浦友和のエピソード(石川さゆりは生歌を披露する)が大まかな挿話となっている。エピソードごとの出来の差が激しいとは思う。柄本時生のオーバーな演技は見ていてキツかったのだが、家出してきた姪を演じる中野有紗が実に落ち着いた、それでいて軽やかさも失わぬ素晴らしいパフォーマンスで、おそらくヴェンダースとしても、このエピソードが上手くいけばそれで良しという感じだったのではないだろうか。小津アングルのショットもこのエピソードで登場するし(今度は今度、のくだりもわかりやすい小津オマージュ)、何より二人が同一画面におさまったときのフィット感は突出している。役所が彼女をカメラで撮るシーンがあるが、(それまでは撮った写真が画面として提示されていたのに対して)写真を見せずに淡々と処理するあたりも良いと思う。
そして、中野と母(役所の姉)として麻生祐未が迎えに来るシーン。なんか麻生祐未は金持ち設定らしく、用心棒みたいなスキンヘッドが黒塗りの車で運転してくるあたり、なんか韓国の安いラブコメ、あるいはテレビ朝日の深夜のくだらないドラマみたいなのだが、それを脇に置けばこのシークエンスはまったく見事で、まさに巨匠ヴィム・ヴェンダースの本領発揮だと思う。それは要するに、三人をどのように配置し、どのタイミングで誰をどう動かし、それをどう撮るか、という一連の演出の的確さのことである。
どこまでがヴェンダースの脚本で、どこまでが高崎某の脚本なのかはわからぬし、企画自体の「気味の悪さ」は拭い難いが、上述のような、これは間違いなくヴェンダースだろうと思える美しいシーンが見れた、ということでとりあえず満足である。
初日なので結構人は入っていたが、上映後はみなさん黙り込んでいて解釈に困っているようであった。
ところで、この映画の企画をめぐっては、プロパガンダの匂いがしていて素直に受け止め難い状況になっているが、やっていることはスコリモフスキの『EO』やその元ネタの『バルタザールどこへ行く』に近いのではないだろうか。EOやバルタザールはロバではあるけれども、粗く要約すればロバという異質の動物を中心におくことで、その周辺にいる人間達の愚かさを強調するような映画である。Perfect Daysの平山も、要するにロバのような存在なのだ。トイレ掃除中にずけずけと入ってくる利用者、迷子の子供を見つけても御礼一つ言わぬ母親などが、平山の目を通して提示されていると言って良い。(とはいえ、平山はロバではなく人間なので、シフトがきつくなれば文句も言うのだが。)
★★★★★★☆☆☆☆