監督:クレベーサ・メンドーサ・フィリオ
上映時間:158分

実は序盤から眠気がひどくて、前半途中の約20分ぐらいウトウトしてしまったので、これが色々と匂わせつつ煙に巻くタイプの叙述をしている映画なのか、ちゃんと全部情報を出している映画なのかが最後まで判断できずに終わってしまったのだが、でも多分前者だよね?ま、そうした「真相の提示」を差し置いても、何かを語ると見せかけて横滑りさせ、わざと緩慢に物事を叙述していく志向を持った映画であることは明らかだ。問題はそうした試みが、物語の面白さを超えて、映画的豊かさを獲得しているのかということだ。その意味で、(上述のように眠かったということはあるのだが)序盤はうまくいっているとは言い難いのではないか。アヴァンタイトルを飾るガソリンスタンドのシーンにしても、なんでそんなにカットを割るんだという疑問が残ってしまったし、家に着いてからも全体的にパッとしない。逆に後半はなかなか良いと思った。特に後半になると義父が経営している映画館が頻繁に登場するが、控え室や階段などの空間が面白い。また、アルマドと義父が話をするために控え室に入り、話をするのかと思いきやカメラが窓の外に出て街の全景を映す、というような「外し」も、画面の豊かさにおいて成功していると言える。その後の協力者とのやり取りについても、マリア・フェルナンダ・カンディードの髪が微妙に揺れるというような繊細な描写がある。しかしここで語られる回想シーンはまったく画面の面白みがない。ということで、なんかシーンによって出来不出来が激しい気がした。
クライマックスは一級のスリラーとしてよく構成されている。殺し屋が雇った男を追いかけるシーンでは、路上に座ってるおじさんが、足から血を流している男をみて不審がり、言葉を交わすことなくそいつが行った方向を殺し屋に教えてやる、というような視覚的コミュニケーションの妙がある。だが、このクライマックスもまた肝心の場面は間接的にしか語られない。それがこの映画の一つのテーマではあるだろう(新聞が明らかに嘘っぱちの話を書いているといったエピソードも含め)が、しかしやっぱりちゃんと見せてほしかったという気もする。
コンディションがいい時にまた見るかもしれない。
あと、英語字幕がちょっと追いづらかった。